覚書002

今まで、何度も何度も、座席が開け閉めされてきたのだ。この席に座った人間たちが皆、もしも今、俺の膝の上に乗るとしたら、天まで届きそうなのだ。そうして、その人たちの聴いた音楽が全て鳴り出したら、それはきっと、色が重なると黒になるのと同じように、音が重なり過ぎて無音のようになるのに違いない。
― 出典: 男と点と線 (新潮文庫) 山崎ナオコーラ [178ページ] 


彼は少しずつ闇と沈黙にたどりつき、そこに寝そべった。非常に長い時間かけて、なけなしの判断力で、彼は闇と沈黙が永遠に続くと判断する。そして、ある日声が聞える。ある日!ついに。そしてついに声は言う、おまえは闇のなかで仰向けになっている。これが最初の言葉だ。彼が自分の耳を信じられるようになるまでの長い休止、そしてもう一度同じ言葉。
― 出典: 伴侶 (りぶるどるしおる 2) サミュエル・ベケット [26ページ] 


もう一つの特徴はくどい繰り返しだ。いつまでもほとんど変わりのない同じ「過去」。まるで、その繰り返しを彼が自分のものにしてしまうよう、無理強いするみたいに。そう、私は思い出す、と彼に白状させようとして。そのうえ、彼にたぶん一つの声をもたせようとして。そう、私は思い出す、と彼につぶやかせようと。それは伴侶としてずいぶん役立つだろう。とぎれとぎれにつぶやく一人称単数の声、そう、私は思い出す。
― 出典: 伴侶 (りぶるどるしおる 2) サミュエル・ベケット [23ページ] 


この言説を、一つの開始のために自由でいられるように、そのあるところに、つまり自己のはるか後方に放置することなのだ——この開始は純粋な起源である。[…]なぜなら自分自身に空洞を掘ることによってこの空虚を解き放ったのは、過ぎ去った言語だからである。反省はなくて忘却が、矛盾はなくて消去する異議申し立てが、和解はなくて反芻が、自己の統一性を孜々として獲得することを目指す精神はなくて「外」の無限定な腐蝕が、ついに啓示の光明を放つ真理はなくてつねにすでに始まっていた言語の輝く流れと難破が。
― 出典: 外の思考 ミシェル・フ-コ- [25ページ] 


文学とは、その燃えるような顕現の点に至るまで自己に近づいてゆく言語ではなく、自己から最も遠いところに位置する言語なのであり、この「自己外」化のうちに言語がそれ固有の実体を明らかにするにしても、このだしぬけな光明が啓示するのはしりぞきであるよりは隔離、記号のそれ自体へのたち帰りであるよりは拡散なのである。
― 出典: 外の思考 ミシェル・フ-コ- [15ページ] 


あの日の自分の行動は正しくなくって、きっと母さんの呼ぶ方に引き返して母さんを落ち着かせてやるべきだったのに、自分は虫取り網を持ってそのまま走り続けて、どこにどうやって行くかなんて別にどうでもよかったんだ、ただ走るのが心地良かったんだ、僕の思考が誰にも邪魔されない時に普段起こるように、僕は目に見えるもの全てをただ考えていたんだ。
― 出典: 馬鹿たちの学校 サーシャ・ソコロフ [62ページ] 


妖精は、すべての訳を嚥み込んでいる、女が男に云つたこと、男が女に云つたこと、彼ら二人が、遠く離れているだらうこんな時刻に、彼ら二人の眼ざしが、天つ空なるその星で、相会すべく、約束を結んだことを。さうしてもしも、彼らにとつては不幸にも、妖精にとつては幸福にも、彼ら二人の、いづれか一人が約に背けば、——その時、その星は流れて、とある池の、藺草の茂みを眼ざして飛ぶのを。
― 出典: 夜の歌―散文詩 (岩波文庫 赤 557-1) フランシス・ジャム [83ページ] 


「ほら、見なさい。もう消えてしまう」
― 出典: わたしがいなかった街で 柴崎友香 


バス通り沿いの歩道の柵には、まだ花のついていないジャスミンの蔓が絡まって生け垣のようになっていた。ジャスミンの白い花が咲くことを知っているのは、わたしが前にもこの道を歩いたことがあるからで、季節が繰り返すからだ。
― 出典: わたしがいなかった街で 柴崎友香


殺し文句である。田村の詩も、田村という人間も、もしかしたら田村の人生も、殺し文句で出来上がっている。そしてまた、殺し文句の詩人は女を殺すだけで愛さないのだった。言葉で女を殺して、うまいこと利用して、面倒臭くなったら逃げ出すのだ。殺し文句の詩人が大切にしているのは言葉だけである。言葉に較べたら、自分すらどうでもいいのである。
― 出典: 荒地の恋 (文春文庫) ねじめ正一 [28ページ] 


何の根跡もなく別れたいね。何も思われたくない。私に関して、何も覚えないでください。その方がいいのです。そのために、毎日どのようにふるまえばいいか考える。それなのに、時々別れた人と夢の中の鉄橋で手をつなごうとしていたりする。鉄橋の下の川のあまりにあざやかな緑の水と強風。いつのまにか二人は、二両の連結車両になっている。強風なのはそのためだ。川幅は果てしなく広く、鉄橋は高い。もっとしっかり抱いて、落ちそうだから。電車になったのに私は言う。緑の水面が光る。
― 出典: マッチ売りの偽書 中島悦子 [84ページ] 


私は自分だけでものを考えることはない。/この文章だって/ふたりで相談して書いたものだ。/だから私はいつも独りで/死ぬほど苦しまなくてはならない。(「ことば」)
― 出典: コールドスリープ 小川三郎 [65ページ] 


私たちは森で火をたいた。誰も眠らなかった。その夜は歌い踊って過ごした。そして互いに過去の冒険を語り、失った仲間を思い出した。なぜなら人間には、かげりのない喜びを享受することなど許されてないからだ。
― 出典: 休戦 (岩波文庫) プリーモ・レーヴィ [300ページ] 


ーー島村さん、伝染りましたね。お遊びもそこまで行くべきです。女の体を神秘めかすのは禁物です。子宮は深いもんじゃない。肉の壁にぶつかってそれで終りです。その壁のかなたに、タイ、ビルマ、インド、東パキスタン……。
― 出典: 青銅時代 小川国夫 [127ページ] 


(分割されたまま断面をあふれていく風景。/そこに盛り上がる樹木の、猛々しいそよぎに重なって)//輪郭というものが/おしなべて悲哀によって張りつめているのは/なぜか。/なぜ、はかなさはいつも/光あるものと差し交わそうとするのか。「作品Ⅰ」
― 出典: 花・蒸気・隔たり 河野道代 [14ページ] 


酒をのんで歩くのは、堀田善衛につきまとっている習性であって、彼の場合はひとびとを眺めながらいわば都会の群衆であるひとびとのなかを歩く。しかし、島尾敏雄が歩くのはひとのいない場所である。闇の匂いをかぎながら、闇の肌を撫でながら、何処までも歩く島尾敏雄につきそっていると、やがてこの人物がいわば物質の根源に酔いしれて歩いているのだと解ってくる。これは私達のあいだに数少ない、たいへん珍重すべき最後の酔い方であって、宇宙最後の酔っぱらいとして、彼を讃歌したい気分を私は抑えることができないのである。
― 出典: 酔っぱらい読本(1) 吉行淳之介 [87ページ] 


わたしは取り調べのあいだ中、一つの声に捉われていた。耳の中でくりかえし鳴り響くその声によって、警官たちの罵声はかき消された。だからといって、わたしが救われていたわけではない。それどころか彼女の声はわたしを責め続けて、ほんのわずかでも気持ちが逸れるのを許そうとしなかった。事件から丸二年が過ぎた今も、その声はわたしを責めるのをやめていない。
― 出典: 静かな夜 (佐川光晴作品集) 佐川光晴 [111ページ] 


もう何世紀にもわたって千言万語が費やされ、無為な壮麗さの地平は詩のために疲れきっている。月、池、雲、桜、そういったものだって少し休ませてやってもよかろう。それらにふさわしい静寂に返してやろうと思ったのだ。一茶が書く決意をしたのは、この決意によって自分の人生がさほど変わると思っていなかったためではあるまいか。先達が言ってきた以上のことを言うわけではない。ただ身を隠し、自分の人生を、いずれにせよ逃げ去る時の平穏な無意味さのうちで疲弊させればよいのだ。
― 出典: さりながら フィリップ・フォレスト [59ページ] 


町中のとろけるチーズとけかかりゼロ対ゼロで後半戦へ / 本当はあの日ぴかりと消えたのか我も級友たちも小石も(猛暑とサッカー)
― 出典: 裏島―石川美南歌集


鼻に汗入って走るのが辛い コーナーキックの柴田がとおい / 思ひ出づることにも慣れて蝉の音に時折混じる人の死ぬ音(猛暑とサッカー)
― 出典: 裏島―石川美南歌集


結婚四十二年、共白髪の老夫婦といえば、ひっそりと肩をよせ合ってテレビを見るのもいっしょ、食べ物も同じ好み、話題はツーカーで言葉はなくとも思いは通じ合う——というのはドラマかお芝居の話。彼と私は孤りと孤りだった。私は中桐雅夫のパートナーであって、白神鉱一の妻ではなかった。かわいそうなひと。/五年前(一九七八年)、青梅の病院で心臓の止った彼に「奥さん、名を呼んで」と看護婦さんがいうのを私は拒否した。Come back to me に don'tを付けなくてはいられなかった。
― 出典: 美酒すこし (1985年) 中桐文子


このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるということも出来るのである。
― 出典: 雪 (岩波文庫) 中谷宇吉郎 [162ページ] 


思うに、世界は、循環する水でこと足りている。それは多すぎもせず、また、少なすぎもしない。しかるに、世界の「外」では、水は過剰にあふれている。世界の「内」へ向かって決壊し、氾濫しようと、荒々しくさかまいている。― 出典: 領土 諏訪哲史 [39ページ] 


実在しないものを夢みるとき私は眠り、実在しそうなものを夢みるとき私は目覚める。
― 出典: 不穏の書、断章 フェルナンド・ペソア [87ページ] 


ここはあまりにもヘヴンに近いから/何も集まらないから/ただ一つの名前の磁針が狂う/たたかわない/という、妖精の兵器
― 出典: 片鱗篇 (新しい詩人) 石田瑞穂 [65ページ] 


私はいかなる政治感情も、社会感情ももっていない。とはいえ、一種の非常に強い愛国的感情はある。私の祖国、それはポルトガル語だ。
― 出典: 不穏の書、断章 フェルナンド・ペソア [48ページ] 


いいか、権太のことを考えてくれ。権太はの、お前さんの悲しむのを見て悲しんだ。しかし、お前さんの悲しみと権太の悲しみは種類が違う。権太の悲しみの中には喜びがある。お前さんと一緒に、お前さんの悲しみを悲しむことができる喜びがあるのさ。
― 出典: 遠つ海の物語 小川国夫 [87ページ] 


蝶ふれしところよりわれくづるるか
― 出典: 未踏―高柳克弘句集 高柳克弘 [46ページ] 


特急の浮遊感覚ぼたん雪
― 出典: 未踏―高柳克弘句集 高柳克弘 [45ページ]

 

背後を見れば、ついさっきまで有ったはずのものがことごとく無くなっている。そればかりか、うかつに振り向けば、のがれてきたばかりのものに呑みこまれそうな恐怖に、追いつかれかねない。そして目の前には、劣らず不可解にも、日常がある。変わり果てた境遇でも、日常は日常である。目の前に、手もとに、何かがある。
― 出典: 蜩の声 古井由吉 [241ページ] 


書き留められたものがおまえと/バルコンに座っていて
― 出典: ヴェロニカの手帖 (群像社ライブラリー) ゲンナジイ・アイギ [102ページ]

 

「そう。自分の作った歌だけど、この歌を読んでいると、なんとも言えない生き甲斐を感ずるんです。現在の僕は、無事です。平穏です。幸福です。明るく生きています。」
― 出典: 上林暁傑作小説集『星を撒いた街』


家族が所有している故人の写真を集めて、子供に、大きくなったらすべて与えると約束をすること、その中の数枚を与えることは、非常に良いことである。(…)子供は自分の喪を助けるために、かつて故人が所有していたオブジェを必要とするのが普通である。子供は、オブジェを通して、故人を受け継ぐ者となるのである。
― 出典: 喪の悲しみ (文庫クセジュ961) マリ=フレデリックバッケ [159ページ] 


最初しなければならないのは、父親や母親、兄弟姉妹など、あらゆる人の死は、子供とは何の関係もないところで起こったことなので、自分が責任を感じる必要はないと伝えることである。子供は、言葉や欲望が行動と同じくらい影響を与えるという魔術的思考を持っている。(…)そのため、子供はつねに、そして非常にかたくなに、自分に責任があるのだと考えている。子供にとって、突然に訪れた死は、自分が原因に違いないのである。
― 出典: 喪の悲しみ (文庫クセジュ961) マリ=フレデリックバッケ [157ページ] 


自分が望んだものを、彼は自分が見出したもののために犠牲にし、そしてこの罪は巧みに隠蔽されたのだろう。
― 出典: ヴァレリー集成Ⅲ (ヴァレリー集成(全6巻)) [169ページ]


夢の外へ出るためには、思考を外へ出さねばならない。自閉した表の中では全てが広がり続けるだけだ。
― 出典: これはペンです 円城塔 [143ページ] 


「どこにでもいるのですから、いずれ出会わぬわけにも参りません」
― 出典: これはペンです 円城塔 [108ページ] 


「こちらオリオン座のアルファ星、/私は旅の途中、私はいま星なの、/私はあなたを永遠に忘れてしまったわ。(…)三百年たったら電話して」(「星のカタログ」)
― 出典: 雪が降るまえに アルセーニー・タルコフスキー [80ページ] 


かの白いドキュメントが耀いている。/多くの影が そこに動き 交錯する。/すべてが 署名しようとするのだ。
― 出典: 悲しみのゴンドラ トーマス・トランストロンメル [72ページ] 


赤煉瓦の倉庫の中では、梱包された綿花が自然発火を待っている。
― 出典: 空にはメトロノーム 森内俊雄 [43ページ] 


彼はわたしの頭に触って、ナイフをそっと蝶みたいに動かすと、髪の房を少しだけ根元から切り取って、わたしの髪でささっと蝶結びを作るとナイフを縛って閉じた。開かないようにしてから、わたしにナイフを持たせてくれたけど、わたしが結び目を引っ張ると、フロッギーはナイフを取り上げて、空になった花かごを首からぶら下げて畑に戻っていった。
― 出典: 紙の民 サルバドール・プラセンシア [37ページ] 


細筆一本、線だけで挑んだ庭園風景は、あらゆるものをゆるがせにしていなかった。松の葉のしげり、草花一本いっぽんのうねり、ミズスマシやカエルのような小さな生き物たちまでを、みな等価の線であらわし、藤牧は時間を共有するすべてのものを、紙のなかで肯定してゆく。 神がかり的な画力と、憑かれたような集中力には、ただただ驚嘆するよりない。とぎれることなく、対象に寄ったり引いたりしながら一本の動画のようにうつろう風景には、彼がそこにいて息をした時間が、しっかりとうつりこんでいた。
― 出典: 君は隅田川に消えたのか -藤牧義夫と版画の虚実 駒村吉重 [291ページ] 


一度描かれた道筋は簡単に記憶に残るが、これはわれわれにとってたいへん重要な意味がある。これによってわれわれは暗闇でも字が書けるのである。
― 出典: 生物から見た世界 (岩波文庫) ユクスキュル [30ページ] 


あの詩人が、あなたにとってはじめての詩人だった。
― 出典: 手・足・肉・体―Hiromi 1955 伊藤比呂美 [9ページ]


きみは、夏じゃないんだ。絵を画くのがどういうことかきみは知らないんだ。ぼくはきみを愛さなければいけないのだろう、賢くなるためには。しかし、そうすればぼくは、時を失うだろう。
― 出典: 美しい夏 (岩波文庫) パヴェーゼ [117ページ] 


金剛から葛城を東に望む野良道を、背から陽に温くもりながら行く間、右眼の内に幾度もかるい眩みの感覚が点じて、行く手の宙空に物の形にはならぬ白っぽい影がぽっかり掛かり、匂うように薄紅が差して、せつないようになって見つめれば、ゆっくりと視野の外へ逸れていく。明け方の寝覚めには、夜具の乱れの間から、昨夜の肌のほのかに白らむのを、夢うつつに見ながら自分の余命を、甲斐もなく数えていた。家に着いたら、冷飯を浅漬であっさり頂いて、ひとやすみしたいものだ、と春の土の香りを吸って歩みを進める。
― 出典: 聖耳 古井由吉 [49ページ]

 

今や私は忘却の霧のなかから、多くの宝を呼びもどしている、これは退行ではなくて、帰還だ、そのうちに私は、自分の生涯よりもはるかに広い時間の中に自分を解きはなつことができるだろう。
― 出典: 虹よ消えるな 小川国夫 [27ページ] 


眼球の内の気体は半分まで減って、明るいところでうつむけに見れば、中心に揺れ動く水玉のような円となって映り、点眼の時にガーゼを取って顔を上げれば、眼球の下半分を満たして、その吃水が遥かな水平線を想わせた。まるで淡い春の日の海だ、と他人事に感嘆したこともある。じつは気体は眼の上の半球に浮いているのだが、脳を通して逆転して知覚されている。
― 出典: 聖耳 古井由吉 [20ページ]

 

垂直性は水平性に敗北するし、敗北せざるをえない。詩人はだれよりもそのことを知っていたはずである。だから、垂直が寝そべるとき、水平もたんなる水平ではなくなるのではないか、という希望に賭けていくほかはなかったのかもしれない。
― 出典: ベルリンの瞬間 平出隆 [93ページ] 


終点まで乗りてゆかうと君が言ふああいいよ他に誰も居ない
― 出典: たとへば君―四十年の恋歌 河野裕子 [201ページ] 


ひとりのひととの出逢いが私を決定的に短歌に結びつけてしまった。以後、多くの相聞歌を作り続けて来た。恋人に与えるただ一首の相聞歌を作ろうと思ったこともあったが、とうとうそれはできなかった。誰かの為に、何かの為に、という大義名分では決して短歌は作れるものではない。
― 出典: たとへば君―四十年の恋歌 河野裕子 [3ページ] 


思い出が決して死なないことを僕たちはすでに知っている。それにもし僕たちが何ものかであるとしたら、僕たちは何かの希望であることも。
― 出典: 鷲か太陽か? (Le livre de luciole (45)) オクタビオ・パス [86ページ] 


「ぼくの書いたようなものじゃないって、どういうことだい?たしかに、何もかも変化して行く、だが六ヵ月前にきみは…」「六ヵ月前ね」ジョニーはそう言いながら欄干から降りると、肘をついて両手の上に顎を乗せる。(…)「星の名はニガヨモギだ」とジョニーは掌に語りかけている。「そして彼らの死体は大都会の広場にうち捨てられるだろう。六ヵ月前に」
― 出典: 悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫) コルタサル [156ページ] 


もう座ってよろしい、もっと勉強なさい!と数学の時間に言われた。でももう過ぎたこと、忘れよう。今、外では今年最初の夕立が繰り広げられている。さわやかな西風が私を撫で、タイムの香りと鉄道の汽笛を運んでくる。(…)自然は私を愛している!自然は私を慰め、約束をしてくれる。こういう日には、私は不死身だ。外側では微笑み、内側ではもっと自由に笑い、魂には歌、唇には小鳥のさえずるような口笛、そして私はベッドに身を投げて伸びをし、眠っている力をそっと隠す。西へ、北へ、どこへ行ってもいい。私には、確信がある!
― 出典: クレーの日記 パウル・クレー [19ページ] 


「いつものジャージだと思われてますけどね。オレはジャージは二つ持ってますからね。みんなオレが着てるのを同じジャージだと思ってますけど、実は二つありますからね」(中原昌也
― 出典: 男友だちを作ろう 山崎ナオコーラ [203ページ] 


わたし薔薇の木は大好きだった でも薔薇の木から好きだよなんていってもらえるなんて夢にも思わなかった
― 出典: バナナブレッドのプディング (白泉社文庫) 大島弓子 [201ページ] 


「あなたがどこかにいってもね。忘れずに他の人たちのために帰ってくるのよ。円を描くのよ、わかるわね?」
― 出典: 狼が連れだって走る月―La Luna cuando los lobos corren juntos 管啓次郎 [220ページ] 


わたくしのしっているこうした森のなかで、わたくしの祖父は道にまよってしまった。わたくしはこの話をきいて、忘れられない。それはわたくしがまだうまれぬときのことだった。わたくしのもっとも古い思い出は百年、あるいはもう少し古い。 これがわたくしの祖先の森である。そしてこれ以上はみな書物の知識である。
― 出典: 空間の詩学 (ちくま学芸文庫) ガストン・バシュラール [321ページ] 


星は光の重力にひかれてその周囲を回転するのだということをわれわれは理解する。太陽はなによりもまず世界の大きな灯火である。数学者たちはのちに、太陽は牽引する質量である、と決定することであろう。
― 出典: 空間の詩学 (ちくま学芸文庫) ガストン・バシュラール [294ページ] 


「小さなものは滑稽なものではなくておどろくべきものだ。童話をおもしろくするのは、プセがその小さなからだを利用して実現する常ならざる事柄である。かれはどんなばあいにも機知にとみ、いたずらだ。そしてかれは偶然おちいった苦境から、いつも勝ちほこって脱出する」/さきにわたくしは微小なものが大きさの隠れ家だといった。もしわれわれが活撥なプチ・プセに動的に共感するならば、微小なものが原始的な力の隠れ家となってあらわれる。
― 出典: 空間の詩学 (ちくま学芸文庫) ガストン・バシュラール [284ページ] 


花壇には霧がかかる夏の蓼科高原のとんかつ定食だった。バスを待つ/基本的に杉並区ではバスを待った。お新香がつく
― 出典: 山が見える日に、 田中庸介 [35ページ] 


真夏の太陽がぎらぎら/ぎらぎら/と照りつける真夏の、太陽がぎらぎらと照る。青い/ブルー、その墓は茂った。さつまいもが/ひからびた。真夏の太陽が真上から/頭上に照る。寺は寒く/ぎらぎらと照り続ける。気温が上昇する/連結するハワイ、船便で送られる誰かいませんか/真・夏・度・百・%、気分はいかがですか/妙ちきりん、気分はいかがですか。ぎらぎらする/日射病になる。寝る/
― 出典: 山が見える日に、 田中庸介 [23ページ] 


アオよ!/あーお/おれの肉から逃走しないでくれ/青よ!/おれはお前に死ぬまで用事がある
― 出典: 吉増剛造詩集 (現代詩文庫 第 1期41)  [25ページ] 


時間だとか距離だとか、そんなものはもうどうでもいい。みらいが僕のことをどう思っているのか、それだってもう、関係ない。僕はもう、みらいを追いかけると決めたのだ。
― 出典: 魔法少女を忘れない (スーパーダッシュ文庫) しなな泰之 [245ページ] 


「お別れは、つらいことでも悲しいことでもない。ただ、ちょっぴり寂しいだけ」
― 出典: 魔法少女を忘れない (スーパーダッシュ文庫) しなな泰之 [159ページ]

 

彼は今まで、二日間人気のない山中を走っていたので、怪我をして、いたわられながらこんな場所へ連れて来られて、人心地がついたような気がした。彼は万事に惚れっぽい状態になっていた。
― 出典: 生のさ中に (1978年) (講談社文庫) 小川国夫 [165ページ] 


しかしながら、「終わりなき対話」が最終的にわれわれに教えてくれるのは、このような条件のもとでこそ語るということ、つまり、語りえない何かにけっして辿り着けないどころか却ってそれを裏切ることになってしまうという救いようのない状況においてこそそれについて語るということが、「われわれに残された最後のチャンス」なのだ、ということである。
― 出典: 文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論 (流動する人文学) 郷原佳以 [306ページ] 


確かに「白い余白」とは沈黙の隠喩であるが、その沈黙とは、運動を生み出す創造的な沈黙である。「沈黙、そのおかげでわれわれは話すことができるのだか」と、ブランショは述べている。
― 出典: 文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論 (流動する人文学) 郷原佳以 [257ページ] 


それは、肯定的な応答であるだろう。少なくとも、肯定することを希望しようとする応答であるだろう。ブランショは統一性に抗しながら、にもかかわらず(malgre tout)文学は可能だと信じていたのであり、そして、「書物の不在」であるような文学に人間が耐えられることを、心の底から願っていたのである。
― 出典: 文学のミニマル・イメージ モーリス・ブランショ論 (流動する人文学) 郷原佳以 [304ページ] 


「解った、きみを愛するために同程度に愛するものを殺さなければならない、つまり詩のことだ」
― 出典: “孤絶-角” 岸田将幸 [71ページ] 


わたしの言うべきことはこうだ、「わたしたちは見送る」。そして、「ここまでだ」
― 出典: “孤絶-角” 岸田将幸 [14ページ]

 

ガス灯が「生命の息吹き、暖かさ、近しさ」を感じさせるのと対照的に、電気照明は「硬さ、冷たさ、距離をもたらした」。
― 出典: ベンヤミンの迷宮都市―都市のモダニティと陶酔経験 近森高明 [100ページ]